「僕は君を殺せない」――。
なんとも幻想的なタイトルに惹かれて購入した本作。切なくて、仄暗くて、どこか儚い。
読み進めるのとともに、「僕」と「君」、そして「おれ」の関係性が露わになっていく、掴みどころのない、けれど美しい物語の紹介です。
なお、本編(「僕は君を殺せない」)のあとには2本の短編が収録されています。
あらすじ
夏、クラスメートの代わりにミステリーツアーに参加し、最悪の連続猟奇殺人を目の当たりにした『おれ』。最近、周囲で葬式が相次いでいる『僕』。――一見、接点のないように見える二人の少年の独白は、思いがけない点で結びつく……!! すべての始まりは、廃遊園地にただよう、幼女の霊の噂……? 誰も想像しない驚愕のラストへ。二度読み必至、新感覚ミステリー!!
(引用元:僕は君を殺せない裏表紙より)
こんな人におすすめ!
- ストーリー構成よりも雰囲気を大事にしたい
- 雪がちらちら降っている情景が思い浮かぶような儚さが好き
- 夏より冬!
- 最近、心温まる本を読んでいないなあ……
「僕は君を殺せない」注目ポイント
「僕は君を殺せない」は、著者である長谷川夕氏のデビュー作。独特のタッチで描かれる「僕」と「君」、「おれ」を追いかける新感覚ミステリーです。
有名作品のデジャヴ感
さすがミステリーというだけあり、アガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」や金田一少年の事件簿のある話を彷彿とさせるような設定で、読み進めるにしたがって奇妙なデジャヴ感が味わえます。
もしかしたら真のミステリーファンであれば他作品の要素が見つけられるかもしれないので、ゆっくりページをめくりたい作品です。
物語自体は割と単純
あらすじで“新感覚ミステリー”と謳ってはいるものの、その内容自体は割とシンプルなもの。つまり、大して頭を使わずとも読み切ることができるんですね。
難しいことは一切なく単純に文字を追いかけるだけで理解できる仕様になっているので、ミステリー初心者にはまさにうってつけと言えます。
典型的なホワイダニット
フーダニット(Whodunit)、ハウダニット(Howdunit)、ホワイダニット(Whydunit)の中に当てはめるとしたら、これはもう典型的なホワイダニット(と、少しのフーダニット)と言っていいでしょう。
犯人は途中でわかるようになっているので、なぜ犯行に至ったのかということに焦点が当てられています。とはいえ、およそ殺人なんて起きていないかのような静の物語です。
「僕は君を殺せない」を読んだ感想
本作においては、正直、ちょっぴり厳しくならざるをえません。ただし、感想は個人の意見に基づいたものなのであしからず。
まず、注目ポイントでも記載した「有名作品のデジャヴ感」。基本的に映画なんかでもオマージュ作品が嫌いなわけではないのですが、オマージュというより設定諸々がほとんど同じように感じられてしまったのが残念なところです。
また、「僕」と「おれ」――この2人の“独白”により物語は進行していきます。なので、文中では口語(例:「~だよな」や「~わけないじゃん」等)が使われているんですね。
これは作品によるところだと思いますので、まあいいでしょう。問題は、問題はですね。そんな風に進んでいく話だというのに、出てくる単語がやけに難しかったり(例:「瀟洒」「手管」等)、情景や状況の説明が妙に言い訳がましかったりするところ。
加えて、“新感覚ミステリー”というからどんな大層な話なんだろうと思えば、作中で犯人がわかる前に読者が予想できる展開(どんでん返しのひとつもない=捻りがない)、登場人物を深堀りしないので浅く見える内容、犯行の動機がさらりと流されている印象、など、首をかしげてしまう部分が多々ありました。
ただし、登場人物を深堀りしなかったことについては、おそらく淡々と物語を進めていくことで謎めいた感じや不気味さを表現したかったのかなとも思えるところです。
最後に、「僕は君を殺せない」のあとに収録されている2作品「Aさん」と「春の遺書」(※これらの作品は「僕は君を殺せない」にはまったく関係のない話)。
系統としては本編と同じですね。不思議な、そしてどこか不気味で儚い物語。ここでは個人の感想として辛辣な意見を述べてしまいましたが、「春の遺書」は割と好きです。
春らしい朗らかさと優しさ、温かさがギュッと詰まったお話。
期待しすぎなければ普通に面白い
今回の敗因においては、けっして作者が悪いのではなく、タイトルやあらすじから読み手(わたし)が過度に期待してしまったことにあると思います。
一度頭を空にして読みはじめてみれば、普通に面白い(はず)!
※本記事の情報は2020年11月時点のものです。