韓国出身の女優シム・ウンギョンをW主演のひとりに起用した映画「新聞記者」。
リアリティーが感じられる新聞記者の世界をフィクションとして描いた作品です。実際の新聞記者が筆を執った同名の自伝がもとになっているだけあり、衝撃的かつシリアスな内容となっています。
他人事とは言い切れない社会派映画が見たい人におすすめです。
作品情報
作品名 | 新聞記者 | 原題 | ― |
上映時間 | 113分 | ジャンル | サスペンス |
製作国 | 日本 | 監督 | 藤井道人 |
おすすめ度 | ★★★☆☆ |
あらすじ
東都新聞で記者として働く吉岡のもとに、匿名でとあるタレコミがあった。国が大学新設を計画しているというのである。その一方で、内調(内閣情報調査室)に所属する杉原は、内閣に不都合な情報をSNSでコントロールするという仕事を与えられていたが、いよいよ疑問を抱き始めていた。自分には愛する妻がいる。もうすぐ子どもも産まれる。これでいいのか、と。そんなとき、かつての上司・神崎が投身自殺をしてしまう――。
登場人物
主人公。日本人の父親(故)と韓国人の母親のもとに生まれ、アメリカで育つ。父親の死の真相を突き止めるため、自身も日本でジャーナリストの道に。
内調(内閣情報調査室)に所属するエリートだが、現在の職務には疑問を抱いている。かつては、北京にある日本大使館で外交官をしていた。投身自殺をした神崎は、そのときの上司。
拓海の妻。映画序盤では妊娠中(臨月)。
内閣府の官僚。拓海が北京の日本大使館に勤めていた際の上司だった人物。
神崎の妻。夫の部下だった拓海とも顔見知り。
東都新聞社会部のデスク。内調からの圧力により吉岡の取材をやめさせようとするが、結局は吉岡の熱意に負けることに。
内調の上級職員で、現在の拓海の上司。拓海に仕事の指示をしているのもこの人。
東都新聞社会部の記者で、吉岡とは隣の席。吉岡のことは「変な奴」と思いつつ、なんだかんだこまめに声掛けをしたり、さりげなく協力したりする。
映画「新聞記者」の注目ポイント
終始不穏な空気が漂ったまま進んでいく「新聞記者」。似ているようで似ていない2人が交錯することで、苦しい現実が露わになっていきます。
主役はシム・ウンギョン
映画「新聞記者」(以下、本作)でW主演のうちのひとり、吉岡役を務めるのはシム・ウンギョン。ドラマ「七人の秘書」や韓国版「のだめカンタービレ」(ドラマ)などに出演した、韓国出身の女優ですね。
彼女が主演を務めることについて、「反政府的な作品だから、日本の女優にはオファーを断られた」という説がありますが、「第74回毎日映画コンク-ル 表彰式」に登場した河村光庸プロデュ-サ-はその真相を訊ねられると、
「全くうそ。大きな表現をしていこうということで、最初から彼女を起用したかった。シムさんはものすごい努力家で素晴らしい俳優。私は(彼女が)小さいころからずっとファンなんです」
(出典:billboard JAPAN シム・ウンギョン『新聞記者』で女優主演賞 「もっと良い俳優になれるよう謙虚に臨む」)
と答えています。
新聞記者のリアル
東京新聞に勤める望月衣塑子記者の同名自伝をもとに作られた本作。
本物の新聞記者の原案をもとにしたというだけあって、(流石にここはフィクションではと感じる部分もあったが)わりと現実に忠実に作られているらしいです。
例えば、話の本筋に関わってくるとある大学の新設計画なんて、実際にニュースになったあの出来事を彷彿とさせますよね。
実在する内閣情報調査室
内調――内閣情報調査室。
本作では、主演のうちのひとり杉原が所属する組織です。おそらく、本作のあらすじを読んで、初めてこの「内調」という言葉を知ったという人も多いのではないでしょうか。
そんな謎の多い「内調」ですが、もちろん、実在する組織です。
その一方で、内調の取材が足りていないのではという指摘もあるようですね。
「内調の現場を仕切る杉原の上司が、官邸前のデモ参加者の写真に印をつけて『これを公安調査庁に渡して、経歴を洗え』と指示するシーンには違和感がありました。内調から見ると公安調査庁はライバルですし、組織としての格も対等ですから、命令できるような立場にもない。こういう細かいところが取材不足で、『新聞記者』と銘打っている割にちゃんと取材できてないんじゃないか、と言いたくなりますね」
そう内調の元職員は語っています。
まったく関係ない話ではない
本作はわかりやすく新聞記者と内調の話ですが、ならこれがその他の人にまったく関わりがないかというと、そういうこともありません。
メガフォンを取った藤井道人監督は、
僕が一番大事にしたのは、自分と同じ歳ぐらいの、松坂桃李君が演じた杉原と同じように生活を持っている人、もしくはこれから自分の生活を担う、家族を持とうとする人だったり、そういう人たちに是非観て欲しいなと思うんです。その人たちの生活の一部にこの映画があると僕は思って作ったので、すごく遠い話だと思わずに、自分の話だと思って観てくれると凄く嬉しいです。
と話しています。
どこの世界にも大なり小なり忖度があったり、日々の暮らしに「なんか、自分の人生これでいいんだろうか?」と感じたり、いろんなことがありますよね。
そういった誰もが感じたことがあるような葛藤というか、悶々とした感情を見事描ききっています。
アカデミー賞で3冠達成
● 最優秀主演男優賞(松坂 桃李)
● 最優秀主演女優賞(シム・ウンギョン)
映画「新聞記者」は、第43回アカデミー賞において、3つの最優秀賞を獲得しています。
「最優秀主演男優賞」「最優秀主演女優賞」と、主演のふたりが共に最優秀賞を受賞したのは、流石としか言えませんね!
シム・ウンギョンを主演として起用したことについては賛否あるものの、アメリカ育ちという設定を入れたことで、新聞記者としては少し型破りな人物であることへの説明がついているので、よいのではないでしょうか。
映画「新聞記者」を見た感想
最近の日本映画としてはなかなか珍しい社会派の作品でしたね。
「ここでいよいよ政権批判か!?」と思ったけれど、どうやらそういうことではないらしい。インタビューの中では、藤井監督も、
その時、プロデューサーの河村さんから「今、若い人がこの映画を撮ることが凄く大事なんだ。政治に興味がなかったり、新聞を読んだことのない世代が、今後この言葉だったり、非人間的になっているこの世の中というか、どう考えているのかってことを訴えかける映画にしたい。決して現政権を一網打尽に批判してやろうとか、そういうことではないんだ」と言われて非常に安心したんです。
と話しています。
本作を手掛けた藤井道人監督は現在36歳(2022年12月時点)。1986年生まれだそうです。丁度働き盛りというか、河村プロデューサーよりはだいぶ若いけれども、世の中を(精力的に)動かしている世代ですよね。
それでもやはり、政治に関心が持てない人は、昔よりも多くなっているのではないでしょうか。
おそらくそれって、自分には関係ないと思っているからですよね。税金が上がったりルールが変わったりすれば流石に意識しますが、一般人である自分はそれに従うしかない。現に、海外の国々と比べると、日本の若者たちが社会運動の類に参加する割合は少ないように思います。
本作に登場するのは、新聞記者の吉岡と内調所属の杉原。
政治世界との関わりが深いので「やっぱり自分には関係ない」と思ってしまいそうですが、見進めるのにしたがって気がつくのは、杉原はとても一般的な人物であるということ。
つまり、誰もが吉岡のように強い覚悟と正義感をもって行動できるわけではなく、世の中で働いている人のことを考えると、「なんか、自分の人生、これでいいのか?」「多少何かに抑圧されようとも、いまの生活を守りたい」みたいな人は少なくないのではないかと。
誰かに、何かに逆らい自分の立場を悪くしてまで、正義を貫き通したいわけではない、貫き通せない――というような。
そのへん、吉岡と杉原の対比がうまく描かれていましたね。同じ方向性の価値観、正義感を持ちながらも、違う道を歩くふたり。
ほんの少しの違いが、決定的な違いを生む。
似ているのに対照的すぎて、気づいたときには、シリアスなこの世界観に惹き込まれていました。
まあ、「流石にこれは完全にフィクションでしょ」という描写もあるにはあるんですが、フィクションでありつつもどこか既視感があり、リアル(自伝が原案なのだから当たり前)なのがまたいい。
ただ、ひとつあるとすれば、杉原の奥さん(本田翼)について。
夫が気落ちしているときに慰めるという大役(?)を担っている彼女ですが、「妻が臨月を迎えたというのに、仕事ばかりでほとんど放置。いったい何を考えているんだ?」と杉原に対して思うところもありつつ、「しかし、本気で悩み、思いつめたような顔をする夫に対して(根拠のない)『大丈夫だよ』しか言わない妻もどうなんだ」と思ってしまいました。
話を聞いてあげるでも力になってあげるでもなく、ただ「大丈夫だよ」と。
これはあくまでも「新聞記者(政治世界)」の話で、夫婦の物語ではないからということなんでしょうかね。
いや、もちろん杉原の妻は杉原の妻で、大事な役割を持っているんですよ。杉原にとって彼女は岐路に立たされたとき、「何かを決定する理由」として必ず関わってくる存在ですから。
しかし、本田翼といえばかなり知名度の高い女優。
なまじ存在感があるだけに、杉原の妻であるというのに違和感を持ってしまう。やや浮いている、と言えばいいでしょうか。
その一方で、杉原の上司役を務めた田中哲司は良い味を出していました。素敵な悪役感。
彼はコメディータッチな作品に出ても、こうしたシリアスな作品に出てもまったく違和感を抱かせない俳優なので良いですよね。
次に、内調についての描写の話。
内調(内閣情報調査室)は一般人にとって、謎のベールに包まれた組織。しかし、それでも流石に「フィクションだな」と想像できる部分はあります。
例えば、多田智也(田中哲司)は杉原に命じて世論をコントロールしようとしますが、自分たちの息がかかっている人物ならともかく、SNSの情報を操作するだけで、そんなに簡単に世の中の人たちが都合よく騙されてくれるものでしょうか。
現実はそこまで単純ではないだろう――と思いながらも、事実や噂話が操作されることは(政治世界に限らず)どこにでもあるのだと意識させられました。
近年では日本でも、インターネットに載っているニュースでそれを顕著に感じるようになりましたね。
信じるべき情報を自分で選ぶ(その必要がある)時代になりました。映画「新聞記者」は、誰にとっても決してまったくの他人事という話ではないのかもしれません。
映画「新聞記者」が好きな人におすすめの作品
映画「新聞記者」が好きな人には、以下の作品もおすすめです。
● 「万引き家族」(2018)
● 「パラサイト」(2019)
● 「護られなかった者たちへ」(2021)
● 「罪の声」(2020)
まとめ:シム・ウンギョンの存在感が素晴らしい
実力派女優のシム・ウンギョン。
子役出身ということもあって、その演技力は折り紙付きです。
ドラマ「七人の秘書」を見た人はわかるかもしれませんが、彼女の日本語はカタコト、とまではいかないのですが、やはり少し訛りがあるんですよね。これがまたいい。
アメリカ育ちで生粋の日本人とはまた違った価値観を持ちながらも、国の中枢に近い場所で働き、周りに合わせるよう(雰囲気で)ほとんど強制されようとしている。
味方がいない中、声を上げることの難しさを改めて教えてくれる作品でした。
※本記事の情報は2022年12月時点のものです。