
胸騒ぎ
公開当初から「何この胸糞!」と話題だった本作。
初めて観てみたんですが、思った以上の胸糞で楽しめました。ただし、二度と観ない(※褒め言葉)。中には「こんな人いる?」みたいな意見も見かけたんですけれども、個人的には割とリアルな設定だと思ったので。
本記事は2025年04月29日に執筆されました。すべての情報は執筆時点のものです。
ワンフレーズ紹介
嫌と言えないとどうなるか。
作品情報
タイトル | 胸騒ぎ |
原題 | Gæsterne |
ジャンル | ホラー、ヒューマン |
監督 | クリスチャン・タフドルップ |
上映時間 | 97分 |
製作国 | デンマーク、オランダ |
製作年 | 2022年 |
公開年(丁) | 2022年 |
レイティング | PG12 |
個人的評価 | ★★★★☆ |
主な登場人物
(敬称略)
ビャアン – Bjørn(演:モルテン・ブリアン)
デンマーク人家族の夫であり、父親。周囲の言うことを聞いてしまいがち。
ルイーセ – Louise(演:スィセル・スィーム・コク)
デンマーク人家族の妻であり、母親。ビャアンよりははっきりした物言いをする。
アウネス – Agnes(演:リーヴァ・フォシュベリ)
デンマーク人家族の娘。ウサギのぬいぐるみ「ニヌス」を大事にしている(だがよくなくす)。
パトリック – Patrick(演:フェジャ・ファン・フェット)
オランダ人家族の夫であり、父親。イタリア旅行で知り合ったデンマーク人家族を招待する。
カリン – Karin(演:カリーナ・スムルダース)
オランダ人家族の妻であり、母親。
アーベル – Abel(演:マリウス・ダムスレフ)
オランダ人夫妻の息子。言語障害があるようで、話すことができない。
映画「胸騒ぎ」の感想
映画「胸騒ぎ」の感想です。めちゃくちゃ面白くて、めちゃくちゃ怖い映画でした。なので、「二度と観ねえ!」と思いました(もう一度言いますが、これ、褒め言葉です)。
ただただ胸糞
ほんと、ただただ胸糞だわ……。
この時点でもう何度も言っているということだけで、お察しくださいな映画。ただ、この場合の胸糞は確実に褒め言葉です。そういう物語なので(だよね?)。
実に北欧ホラーらしい作品だったと思います。「LAMB/ラム」(2021)とかが好きなら、きっとハマるんじゃないかなと。北欧ホラーって、このように雰囲気で嫌な気持ちにさせる(これも褒め言葉!)ような作品が多いですよね。できればメンタルに余裕があるときに観たい感じのやつ。
善人ではないビャアン
まず、オランダ人夫婦が胸糞なのは当然(こいつぁ殿堂入りだよ……)なので、もはや語ることもないんですが、個人的に一番の胸糞はビャアンだったと思っています。デンマーク人家族の父親。
序盤にて、見知らぬ土地でぬいぐるみをなくしたという娘のため、ひとり奔走する。これだけならただ優しい父親なんですが、あとあとビャアンが「断れない人間」であるということが見えてくると、ぬいぐるみの件も純粋な優しさから来るものではないと察することができます。
というか、自分のミスでなくしてしまったものを諦めさせる(=責任を取らせる)のも、教育の一環として大事なことだと思いますけれどね。言われた通りのことばかりしていると、父親に訴えればどうにかしてくれると、間違った教育になりかねませんし。それって愛じゃないよね、と。
彼は、決して善人じゃない。と、私は思います。
彼の行動原理って、「嫌われたくない」「自分が判断をしたことで責められたくない」「悪者になりたくない」――これに尽きると思うんです。
ぬいぐるみを探すのを拒んで、家族から嫌われたくない。危機的状況で情報伝達をしなかったのも、忘れていたのではなく、とあることを見ぬ振りしたことを妻に知られ、責められたくない。必死さに欠けて見えたのも、自分が強く出ることで起きるかもしれない事象に責任を取りたくない。
こんな感じかなと想像しました。そこに優しさはほとんどなくて、無意識に保身のことを考えていたんじゃないかなと。
そこに丁度良く「正しい人間なら、多少無礼な相手にもそれなりの礼節を持って接するだろう」という社会ルール的な免罪符が転がっていたという。自分は正しいことをしているのだから、何も問題はないと思い込めるんですよね。
自分にもある保身的な感情
本作を観ていると、どうしてもビャアンの頼りなさにばかりイライラしてしまいがちなんですが、正直、ふとした瞬間に「人にああだこうだ言える立場じゃないな」と思ってしまう。
というのも、ビャアンのような「悪者になりたくない」感情が、多かれ少なかれ自分にもあるから。
嫌われるのも、誰かにとっての悪者になるのも怖いことだし、できればそうなりたくない。これまでの人生を思い返してみれば、実際、保身に走ったことがないとも言い切れない。きっと、誰の心の中にもビャアンはいるんだと思います。
妻ルイーセも悪い
また、ビャアンが一番の胸糞という点は変わらないんですが、じゃあ他の人がまともかと言うと、そんなこともありませんでした。
ビャアンの妻ルイーセもなかなかのくせ者で。
こちらは、子どものことを常に考えているような素振りこそ見せているけれど、あるシーンで、子どもより自分の感情を優先する様子が描かれています。
もうね、2人の娘アウネスがちょっと可哀想になってきますよ。
一番怖いのはアーベル
個人的に、本作で一番怖かったのはアーベル。……というと、少々語弊があるかもしれませんが。ジャケットの写真にもなっている、アーベルがあーんと口を開けるシーン。これがものすごく怖かった。
なぜこんなにも怖いのだろうとずっと考えていたんだけれども、その行動の理由がわからなかったからかなと。
ただ口の中を見せるだけ。特に何かを訴える様子はない。口の中を見せて、ビャアンにいったいどんな行動をしてほしかったのか。普通ならもっとあるんだろうけど、アーベルはただそれだけのことをしに来た。
だから、観ている側は「なぜ!?」と思ってしまう。「もっと何かあるだろう!?」と。わからないって、怖いですよね。例えば、遠くから見知らぬ人に笑顔を向けられていたら怖い(理由がわからないので)。見知らぬ人に突然大金を渡されたら怖い(理由がわからないので!)。そんな感じ。わからないことって、怖い(二度目)。
自分が我慢していれば……
また、ビャアンが保身に走ったのと同様に、自分たちが我慢すればという感情が、おそらくデンマーク人夫婦の中には芽生えていた。
特に、オランダ人夫婦の行動って、悪意なのか天然なのか判断がつきづらいものから始まっていたので、明確に「嫌」を示しづらくはあったと思うんですよね。
自分が少し我慢すれば、すべて丸く収まる。
デンマーク人夫婦はそう思ってしまった。
でも、これって社会の一員として生活していれば、誰しもが必ず通る道です。自分が我慢して物事がスムーズに行くなら、わざわざ軋轢を生じさせてまで自己主張する必要はないと思ったことがある人は、多いのではないでしょうか。ちなみに、私はまさに「自分が我慢するだけで済むなら」と思ってしまうタイプです。
が、果たしてそれは本当にみんなのためになっているのか? と、問いかけられたように感じました。我慢は美徳じゃないよ、と。耳が痛い。
気がついたときにはもう遅い
まあ、こういう「誰かが我慢すれば事が丸く収まる」ような状況って、長く続いてしまうといつか必ず破綻するし。
その中に悪意を持った人間がいた場合、そういうタイプの人間は、「嫌」と言えない人の善意を察していてなお、容赦なく搾取してきますもの。劇中で、オランダ人夫婦がデンマーク人夫婦に「言ってくれれば良かったのに」と言っていたように、知らんふりが得意な悪い人って結構いるものです。
自分のために、周囲のためにと言いたいことも言えないでいると(POISON?)、気がついたときには大事なものを失っているかもしれないぞという忠告にも見えました。ある程度の自己主張って、大事。というか、「私はお前らがナメていい人間ではないからな」と意思表示しておくのって、意外と大事だったりします。
とばっちりはいつも子どもに
また、大人がやるべきことをサボっていると、とばっちりはすべて子どもに行くのだという見本のような映画でもありました。……胸が痛むね。大人次第で、子どもの未来はどうにでもなってしまう。
だからこそ、大人は子どもを守らなければいけないと。
自分の子どもという意味でもそうだし、この世に生まれたすべての子どもたちという意味でもそう。困っている子どもを大人が無視すると、次から次へと被害者が生まれてしまうというね。
意味のない嘘を吐く奴には要注意
あと、劇中で明らかになったパトリックの嘘。
意味のない嘘を吐く奴には要注意です、本当(実体験)。世の中には、息をするように嘘を吐く人間もいますからね。
すべてに対して正直になれとは思わないし、建前とか社交辞令とか、言いたくない過去があって誤魔化したとか、そういうのはまあいいと思うんですけれども。誰も傷付かず、だからといって誰も喜ばない、一見周囲になんの影響も出なそうな嘘を吐くのって、これもやっぱり行動原理がわからなくて怖いですよね。
しかも、パトリックの場合、そのことにほんの少しの罪悪感も抱いてはいなかったのでしょう。普通に「ああ、あれ嘘だよ」と言っていて、めちゃくちゃ怖かったです。あの時の地獄の空気感に「ひえぇっ!」ってなりました。
映画「胸騒ぎ」が好きな人におすすめの作品
映画「胸騒ぎ」が好きな人には、以下の作品もおすすめです。
スピーク・ノー・イーブル 異常な家族
(2024)- ファミリー・ディナー(2022)
- ファニーゲーム(1997)
まとめ:二度は観たくない名作
たぶん、ビャアンは自分だった。
嫌と言えない。大事にしないために我慢する。嫌われたくない。悪者になりたくない。そんなことを考える部分の自分。
大切なものを見失ってはいけないなと思わされた作品でした。
Rotten Tomatoes
Tomatometer 84% Popcornmeter 58%
IMDb
6.6/10
Filmarks
3.6/5.0