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小説「イノセント・デイズ」あらすじ・感想|後味悪い?ある女性の一生を描いた物語

イノセント・デイズ_タイトル ミステリー


イノセント・デイズ(新潮文庫)

「主文、被告人を――死刑に処する!」

そんな衝撃的なプロローグから始まる「イノセント・デイズ」。

「整形シンデレラ」と呼ばれた田中幸乃が歩んできた人生を振り返る、ボリューム感たっぷりの一冊でした。

※本記事の情報は2023年10月時点のものです。

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作品情報

タイトルイノセント・デイズ
著者早見 和馬
ジャンルミステリー、サスペンス
出版社新潮社
発売日2014/08/22
ページ数342
おすすめ度★★★★★

あらすじ

たった今、死刑判決を受けたばかりの田中幸乃(30)。彼女は、元恋人をストーカーした挙句、放火によってその妻と双子の命を奪ったのだという。ひどく凄惨な事件だが、彼女の人生もまた、不幸に満ちあふれたものだった。なにが彼女をそうさせたのか、それは彼女が生まれたその瞬間から語らなければならないだろう。

小説「イノセント・デイズ」の感想

読めば読むほどつらく苦しくなっていく話です。終始ほの暗い雰囲気なのに、どこか美しく、芸術味さえ感じさせる描写に胸を掴まれます。

「愛されること」に依存してしまった人生

「誰かに愛されたい」と思ったことはありますか?

恋人や夫(妻)に……というだけでなく、親やきょうだい、友達なども含めて「愛」だとすると、たぶん、意識したことはあっても「人生の中で一度も誰かに愛されたことがない」と答える人は少数派でしょう。

でも、おそらく田中幸乃には自信を持ってそう言える人がいなかった

それでもいいという人もいるかもしれませんが、愛というものが与えられなかった(少なくとも本人はその感覚に近い)彼女は、喉から手が出るほどほしかったものだったと思います。

だからいざ「手に入るかもしれない」と思ったとき、少し極端な行動を取ってしまうのでしょうね。だって、幸乃にとってそれは絶対に手放したくないものですから。

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幸乃を嫌っている人は(たぶん)多くないという事実

先述した通り、幸乃は……少なくとも本人はおそらく「愛されていない」と思っていた。

でも、確かに愛情って目に見えるものではないし、自覚するのはとても難しいことですよね。特に日本人は日常的に「好きだよ」「愛しているよ」と伝える習慣はほとんどないですから。

なら、どのようにして他人からの愛を受け取っているのでしょう?

たぶん、相手の行動から察しているのではないかと思います。

心の中でどう思っていたって、行動が伴っていなければ意味がないですよね。

それと同じで、物語の中の幸乃を誰かが嫌っているという描写は多くありません。一部の人たちを除いては、意図して幸乃を苦しめてやろうと思っている人はいないんですこの描写が絶妙。

だからこそ、幸乃はなにも言わずに生きてきたし、おそらく「自分さえ黙っていれば」という気持ちにもなって……そんなことが何回も重なって、ゆっくりと心が重くなっていったんだと思います。

(ただし、嫌な人は本当に嫌な人なので、かなり気分が悪くなります)

ボタンの掛け違えがすごい

あのときこうしていれば、このときはもっとこうできた……。

そんな後悔は誰にでもありますよね。

幸乃に対して、自分の幼さや未熟さからひどい行いをしてしまった人たちは、幸乃が死刑判決を受けたことで当然後悔しますが、「彼女はこんな人でした!」とは声を上げない。

本人が罪を認めているということもあると思います。

でも、果たして自分たちが知っていたころの田中幸乃はそんな人間だったのか? そう考えたとき、報道などで自分と離れたあとの境遇を知って、こんな苦労があったなら、人が変わっていてもおかしくないと判断してしまったんでしょうか。

己の罪悪感だけに目を向けて、「もっとこうしていれば……」「彼女が救われますように」と願う姿はどこか偽善的です。

良い子だった時代の田中幸乃から目を背けているようにも見えます。

幸乃が経験してきた苦難はひとつひとつがだいぶ大きな問題で、でも、きっかけは些細なことだったりするので、それこそ周りの人たちが素直だったら……と思わずにはいられません。

犯行前に整形して顔の造形を変えていたのも、激しいボタンの掛け違えのひとつですね。

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幸乃の自己肯定感の低さが悲しい

誰の一番にもなれなかった幸乃。

不幸な幸乃。

なにをしても、誰と付き合っても駄目だからでしょうか。幸乃の自己肯定感は悲しくなるほどに低いです。

もうね、本当に、幸乃の母親になって「大丈夫だよ」と抱きしめてあげたくなる……!

自己肯定感が低い人は他人に依存しがちと言いますすし、元恋人に執着してしまったのも納得できます。

イノセント=幸乃の人生

タイトルに使われている「イノセント(innocent)」とは英語で「無罪の」という意味ですが、同様に「無知な」「お人よしの」という意味もあります。

なので、個人的にはこの「イノセント・デイズ」というタイトルの意味は、幸乃の人生で過ごしてきた日々そのものだったのではないかと思いました。

すでに結婚し、子どもまでいる元恋人に執着し、ストーカー化した挙句、放火して妻子を殺害してしまったという凶悪犯として報道された幸乃ですが、本来の幸乃は悪いことをしようなどとは一切思わない、ただ不幸な人生を送ってきただけの女の子。

なんでしょう。

こう、無垢がゆえにボロボロに傷ついてきたイメージなんです。幸乃は。

もう少し肩の力を抜いていてもいいのに、それができない。たぶん、肩に力が入ってしまっていることにも気がついていない。

自分のどころか、他人の痛みまでも馬鹿正直に真正面から受け止めて、自己肯定感が低いがために「でも仕方ないよね」と困ったように笑う儚げな女性を思い描きました。

そこに救いはあったのか? ――あった。

死刑判決を受けたのにもかかわらず、取り乱したりせず粛々と受け入れる幸乃。

言いたくない……言いたくないですが。

きっと、その判決は幸乃にとって救いだったんだと思います。

ここまでつらいことが続いたら「いつか来るかもしれない(けど来ないかもしれない)幸せな日」を楽しみに待つことなんてできるでしょうか? たぶん、それができる人は多くないでしょう。

だから、幸乃はいつまで続くともしれない人生に、もうここで終止符を打ってしまいたかった。終わりが救いとはなんとも複雑です。

なんだろう。

作中で幸乃は「生まれてきて申し訳ない」というような言葉を吐き出すのですが、それはたぶん本心で、でもなんだか、当該事件の被害者に向けてというよりかは、もはや「自分が生きているだけで迷惑をかける」と生まれてきたこと自体にもう絶望している印象を与えます。なにしろ自己肯定感マイナスの幸乃ちゃんですから。

誰にも生きていていいよ、生まれてきてくれてありがとう……って言ってもらえなかったんだなと思ったら、こんなに悲しいことはないなと感じました。

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人は信じたいものを信じる生き物である

なにをするにも「平等」「公平」が一番ですが、人に感情や思考能力がある限り、なにかを判断するとき、多少なりとも私情や本人の経験則が入ってきてしまうわけです。

例えば、作中では幸乃の生い立ちが読み上げられます。

こんな母から生まれ、こんな環境で育ち、中学校時代は――というように。

それで思ったのが、人は信じたいものを信じる生き物なんだなということ。

つまり、なにか良くないことが起きたとき、(自分にとって)都合の良いことを優先して信じることが多いと。

それが誰かを不幸に追いやるかもしれないと気づいていても、どうにもならないんでしょうね。自己肯定感の低さからくるものだと思いますが、嫌われたくないという思いが強いのか、幸乃は大人しく真面目で、加えてお人よしなので、嫌なことが起きたときに巻き込まれがちだっただろうなと思います。

ラストが衝撃的すぎる

もう、こればかりはなにがあってもネタバレ厳禁! で、読んでくれ……としか言えないのですが、ラストの展開がとにかく衝撃的すぎました。

どんでん返しかといったら、まあ、そういった見方もあるでしょう。でも、それほどではない。

読後感が実に不思議な終わりでした。

本当に幸乃の人生を一緒に駆け抜けたかのような疲れと、やりきったという充足感、けれども人の嫌な面を延々と見せられた不快感。

そして、ラストの衝撃に、読み終わったあとはしばらくぼーっとしてしまいました。

後味の悪さは天下一だけど……

死刑制度を題材にしていることもあって、後味の悪さは他者の追随を許さないほどと言えるでしょう。

なのに、癖になる

実にひどい話には違いないのに、なぜか「もう一回読み直そうかな……」という気持ちになるんです。文章が美しいから、なおさら。

個人的には「いままで読んだ小説の中でもっとも苦しい、でも一番好きな小説」です。

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小説「イノセント・デイズ」がドラマ化

小説「イノセント・デイズ」は妻夫木聡さん主演でドラマ化もしています。
>>> ドラマ「イノセント・デイズ」のキャストはこちら

中身はだいたい同じですが、設定(流れ)が原作小説と異なる部分があるため、どちらも楽しめそうです。

特にドラマのほうは、原作小説を知らなくても見ごたえ十分の演出となっています。

主演の妻夫木さん本人が企画にまで携わっているというのだから驚きですね。

全6話で完結するので、仕事などで忙しく、なかなかドラマを見るためのまとまった時間が取れないという人にも、比較的見やすい作品になっています。

まとめ:愛とはなにか? 幸せとは?

自分にとっての幸せとはなにか。

実によく考えさせられる物語でした。

それに加えて、死刑制度などについても考えさせられます。

ラストの展開は正直、賛否両論だと思いますが、個人的にはこの終わり方だから良かったと思っています。

イヤミスのようで、実はヒューマンドラマに重きを置いた内容になっている作品です。めちゃくちゃおすすめ!

※本記事の情報は2023年10月時点のものです。

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