小説「そして、バトンは渡された」を紹介します。
父親3人に、母親2人――家族の形態が変わること実に7回。それでも主人公の森宮優子はいつも愛されていたのです。
あらすじ
森宮優子、十七歳。継父継母が変われば名字も変わる。だけどいつでも両親を愛し、愛されていた。この著者にしか描けない優しい物語。
「そして、バトンは渡された」注目ポイント
2019年の本屋大賞で大賞に選出された作品です。家族の概念ががらりと覆される、優しいお話。「こんな家族もあるのか」程度で読みたい物語です。
大人たちの強さと優しさ
最初の(実の)父からその再婚相手、さらにその再婚相手からまた次の人へと、引き継がれていく“親のバトン”。
一見大人の都合でたらいまわしにされているようにも感じられますが、ふたを開けてみれば、すべては主人公(森宮優子)を中心に大人たちが生きかたを変えているんですね。
特に印象的だったのは、高校生時代の優子の、
困った。全然不幸ではないのだ。
(引用元:「そして、バトンは渡された」P4)
という言葉。
この時点で何度も家族の形態が変わっているので、周囲の目線としては当然「可愛そうな子」として映るわけですが、当の本人はまったくそう感じていないのです。
それは、それぞれの親にそれぞれの愛情を受けて育ってきたから。そして、その自覚があるから。
大人になってから生きかたを変えるというのは、決して簡単なことではありません。血のつながっていない子を引き取るわけですから、なおさらです。
優子を取り巻く大人たちの優しさと強さ、その覚悟に引き込まれます。
安心して読めるプロット
冒頭ですでに結末が明かされているようなものなので、最後まで安心して読むことができます。
家族が何度も変わるという波乱万丈な人生を歩んでいるはずなのに、優子は“それが自分にとっての普通”だと思っているので、辛さを感じさせない描写ばかり。読んでいて、苦しくなることはありません。
その点においては、普段あまり読書をしないという人でも比較的読みやすくなっている部分だと思います。
家族という集合体の概念
本書の中では、なにをもって家族と呼ぶのかということについては議論されていません。正しい家族の形は人それぞれだからです。
(あくまで)優子にとっては血のつながりが家族を作るのでなく、その時々の状況や環境、互いの気持ちがそうさせていくんですね。改めて、自分の家族を見つめ直すいいきっかけになるかもしれません。
「そして、バトンは渡された」を読んだ感想
評価が分かれる本書は、森宮優子を中心に話が進んでいきます。父を変え、母を変え、いつも柔軟に対応してきた優子の物語。
たしかに家族の形はひとつではないのかもしれません。必ずしも血のつながりが必要なわけではありませんよね。
優子はすべての家族を受け入れて、人生を悲観的に思うことなくたくましく成長していきます。
ただ、見かたによってはちょっと淡々としすぎているような。
実の父親がいなくなるときも、梨花の口車にうまく乗せられて簡単に決めた印象(唯一、ここだけは後々後悔していますが)。梨花がいなくなっても「まあ、そういう人だから」。
生まれ育った環境が環境なので、ある意味仕方ないことなのかもしれませんが、優子があまりに何事にも動じないので、そこについてはあまり現実的とは言えません。正直、何度か読むのをやめようと思ったり……。
もう少し人間的な感情を入れてくれたら、ある程度の共感は得られたかもしれませんが。
人と人とのつながりもあっさりしているというか、浅い。特に優子の場合、友人関係にそれが顕著に表れていて、多少ごたついても「友達なんてそんなもの」「こういうのは時間が解決するでしょ」と割り切っている感じです。
まあ、そういう人もいるにはいるんでしょうが、生い立ちを考えればこれもまた仕方のないことなのかもしれませんが、もう少し深く描写してほしかったところでもあります。
とはいえ、いい話といえばいい話であることに変わりありません。
フィクションである時点で現実味はないようなものなので、一種のエンターテインメントとして楽しむことはできます。
人生は選択の連続だ
優子は自覚的にも、無自覚的にも、常になにかしらの“選択”をすることで生きています。その描写があまりにあっさりしすぎていて、けっこう怖い。
だけど、自分で選択することで、自分にとっての“優しい世界”を作り出しているんですね。
決して簡単な話ではないけれど、考えさせられる作品です。
※本記事の情報は2020年12月時点のものです。